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NHK大河ドラマで最注目!若き日の源頼朝ゆかりの地巡り~伊豆半島編~

2022.07.19

2024.12.19

平治の乱に敗れて伊豆へ流された源頼朝が青春時代を過ごした伊豆には、頼朝ゆかりのスポットが点在。史跡だけでなく頼朝の恋にまつわるスポットもからめて、Tabistがご案内します。

源頼朝が流罪となり、14歳から平氏打倒のため挙兵する34歳までの約20年間を過ごしたのが伊豆国(現在の静岡県伊豆半島と東京都の伊豆諸島)です。罪人でありながら、伊豆国内では自由に乗馬や狩りに勤しんでいたといいます。そして、もちろん恋も。恋多き男としても知られる頼朝には、正妻となった北条政子以外にも恋のお相手がいたといいます。そんな恋のスポットを中心に、青春時代の頼朝ゆかりの地を歩いてみましょう。

頼朝と政子が出会った蛭ヶ小島

1159(平治元)年12月、源頼朝の父・義朝は平治の乱で平清盛に敗れました。翌年には当時14歳だった頼朝も捕らえられ、伊豆国に流罪とされてしまいます。『平家物語』によると、頼朝が流されたのが蛭ヶ小島(静岡県伊豆の国市)だったとされています。「島」とつきますが、実際には狩野川の中州のようなところだったということです。

三島から伊豆箱根鉄道で19分、韮山駅で下車して徒歩10分ほどのところに蛭ヶ島公園が広がっています。ここが、頼朝が平氏打倒のために34歳で挙兵するまでの約20年間を過ごした蛭ヶ小島とされています。そして、のちに妻となって頼朝を支える北条政子と出会ったのもこの地でした。園内には頼朝と政子をイメージした「蛭ヶ島の夫婦」像が立っています。まさに、二人の恋の始まりの地ですね。

かつての恋人が祀られた眞珠院

政子と結ばれる以前、頼朝には八重という恋人がいたとされています。韮山駅から1駅、伊豆長岡駅で降りて12分ほど歩いたところに眞珠院という寺があります。そこに八重が祀られています。

八重は頼朝の監視役だった伊東祐親の娘でした。頼朝と八重は、祐親の目を盗んで逢瀬を重ね、やがて二人の間に千鶴丸という男の子が生まれます。しかし、それを知った祐親は激怒し、千鶴丸を殺し八重をほかの男の元へ嫁がせてしまいました。さらに祐親は頼朝を抹殺しようとします。危機一髪のところで頼朝は北条時政の元へ逃れ、そこで政子と出会い、やがて結婚することになります。まさに運命の出会いですね。

一方、頼朝と別れることになってしまった八重は、悲しみのあまり真珠ヶ淵に身を投げてしまったと伝えられています。入水の地と伝わる場所のそばにある眞珠院には八重姫御堂があり、堂内には八重の木像と供養塔が安置されています。

女性の守り神として多くの人の信仰を集めていて、毎年4月の第2日曜日に八重姫供養祭が行われています。自身の恋は叶いませんでしたが、八重は今も多くの女性たちを見守ってくれているのです。

御堂の前には「願かけ石」があります。八重姫が身を投げた時、もしハシゴがあれば命を救えたかもしれない──。そのような思いから、願いが叶った際はハシゴを備える風習が今も残っています。

頼朝が訪れた温泉地・伊豆長岡温泉

眞珠院から狩野川を渡った先に広がる伊豆長岡温泉は、1300年以上前に発見された古奈温泉と、その西側に広がる明治時代開湯の長岡温泉の2つから成ります。古奈温泉には蛭ヶ小島にいた頼朝もやって来て、湯に浸かったと伝わっています。120以上の源泉があり湯量も豊富、透明でなめらかな湯は美肌の湯と呼ばれています。

古奈の温泉街には、20軒近い温泉宿のほか、足湯や共同浴場もあります。石畳のあやめ小路には、あやめ湯というなまこ壁でレトロな外観の共同浴場が立っています。街歩きをした後は、温泉に浸かりながら地元の人と交流するのもオススメです。

伊豆山神社で頼朝と政子がデート!?

JR熱海駅からバスで7分ほどに位置する伊豆山神社は、バス停から約170段もの階段を登った先に建っています。かつては伊豆山大権現などとも呼ばれ、伊豆にやってきた頼朝も信仰していました。源氏の再興を祈願し、挙兵する際にもその神威をかりたとされます。

伊豆山神社は縁結びの神様ともいわれています。恋に落ちた頼朝と政子でしたが、政子の父である北条時政は当初、二人の結婚に反対していました。そのため、ほかの男に政子を嫁がせようとしますが、政子はなんと婚礼の夜に宴席を抜け出して逃げてしまったのです。なんとも情熱的。こうして忍んで会った二人が結ばれたことから、縁結びや恋愛成就のご利益があるとされているのです。

伊豆山神社のご神木・梛の木は、葉脈の形からその葉を簡単に割くことができません。そこから、その葉を大切に持っていると男女の仲が割けない、つまり良縁が結ばれると伝えられています。また境内には、頼朝と政子が腰を掛けて愛を語らったとされる、二人のロマンスを伝える腰掛石も残されています。

しとどの窟でピンチを乗り切る!

若い頃を伊豆で過ごした頼朝も、34歳の時についに挙兵。北条氏をはじめとした坂東武者たちを率いて平氏に挑みました。しかし、神奈川県小田原の西にある石橋山で平氏方と戦った石橋山の合戦で、頼朝は大敗してしまいます。頼朝は石橋山の背後にある山中に逃げ込みました。そのとき隠れたのがしとどの窟です。

実はしとどの窟と呼ばれる場所は神奈川県の湯河原町と真鶴町の両方にあり、昭和初期にはどちらが本物かと議論されました。現在では、おそらく頼朝はいくつもの場所に身を隠したのだろうと結論付けられています。

真鶴町の方は駅からほど近いのですが、湯河原町のしとどの窟は湯河原駅から北西の城山とよばれる山中にあります。つづら折れの急坂をひたすら降りた谷底。身を隠すにはうってつけの場所だったのでしょう。

洞窟には20体以上もの石仏が並び、不思議だけれども非常に厳かな光景を作り出しています。

さて、洞窟の奥に身を潜めていた頼朝ですが、追手が近くまで迫っていました。絶体絶命のピンチです。でもそのとき、「シトト」と呼ばれる鳥が洞窟から飛び出したことで中に人はいないとされ見つからなかったとも、または平氏方の梶原景時に見つかったけれど、景時が見逃してくれたともいわれています。どちらにしろ、頼朝は無事生き延びることができ、のちに平氏を倒して鎌倉幕府を樹立したのでした。

伊豆半島に残る源頼朝ゆかりのスポットを巡る旅をご紹介してきましたが、いかがでしたか。鎌倉幕府を築く前の、若き日の頼朝の姿を垣間見ることができたのではないでしょうか。戦だけでなく、恋のエピソードがたくさん残っているのが、女性にモテた頼朝ならではといえますね。ぜひ、伊豆に出かけて、頼朝の足跡を辿ってみてください。

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